「教師」の振る舞い

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母校のインスタを見ているとブチギレそうなので、いろんな機能を使って遠ざけようと日々工夫しているのですが、かわいい後輩見たさからついつい開いてしまいます(笑)

生徒の日々の営みを無意識に評価し、それが広く共有されてしまうことの無自覚さに腹が立っています。

たとえば委員長の退任を受けての投稿。もう開きたくないのでフレーズの正確さは目を瞑って頂きますが、「よくやってくれました」「任を果たしてくれました」とか。

評価者はあんたさん達教員じゃありませんよ、と言いたいところ。

彼らの日々の学び、生活が円滑に進行することは、(僕自身は全くそうは思いませんが)教員の皆様のお陰で成り立っているとしましょう。としたときにそれ自体を生徒に気づかれてはいけないはずなのです。生徒の決定や意見が学校の方針、教員達の意と異なった場合にも、その方向性を微調整したり、変更したりすることも一歩譲って良しとしましょう。
と、したときにも同じく、そうした操作が行われたことを生徒に気づかれてはならないのです。
それは生徒をあくまでも主役とし、彼らの経験から得る学びを大切にする以上は、あくまでも教員は裏方に徹しなければならないはずなのです。

でもそれはこうして言ってみると簡単に思えるかもしれませんが、相当大変なことです。教員という仕事はそんじょそこらの大学を出ただけでは教員止まりで「教師」にはなれんのです。
教室、学校で起きていること、ものの流れ、パワーバランスを良く見て、その時々で適切な声かけ、相談を例とする動機付けを行い、ある種のコントロールをする必要があるのです。

暗記や処理能力とは違う、頭が必要な仕事なのです。
先生方から、その自覚、必死さを感じますか?

ここからはただのワガママ(笑)
母校のインスタのアイコンも、プロフィールの文章も作り考えたのは僕なんですよ。
だから無性に腹が立ちます。